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監督 : カン・ジェギュ キム・ジュンシュク : チャン・ドンゴン 長谷川辰雄 : オダギリジョー この映画、映画としては、駄作と思うのだが、ノモンハン事変を扱っていたので、ノモンハン事変が印象に残った映画だった。日本の戦争映画で、満州、支那を扱ったのが少ないのは、日本人が歴史と向かい合おうとはしないくするGHQの方針だろうか? どう考えても、終戦時、満州にソ連が流れ込んできて関東軍が逃げ邦人の多くが殺されたが、非戦闘員を殺された人数では米軍の本土空襲の比ではない。 それなのにロシア、中国が悪の権化で洗脳する米国の政策でしか考えられない。 映画の始まりは、大日本帝国時代のソウルから。日本の統治ってこんなもんだろうとも思う。 大阪の在日の方と話していると「お爺さんは日本軍にに殺されたが、日本の統治したので、私のような貧乏な家でも学校に行けた」と言っておられた。 この映画では、マラソンの選考会で朝鮮人キム・ジュンシュクが優勝したけど、不正をしたことにして失格。会場で暴動が起き、暴動の首謀者が逮捕され裁判。判決は国家総動員法第四条(政府は戦争時には、国家総動員上必要な時は、勅令が定めることによって国民を徴用して、国家総動員業務に尽かせることができる。ただし、兵役法とかち合うときは兵役法が優先する)だったかな? で軍人にさせられ、配置されたところがノモンハン。 この時、司令官として長谷川が着任し、対ソ連戦で撤退を指示した司令官は切腹。 長谷川とキムは、その後捕虜となりシベリアですが、戦後のシベリア抑留ってこんな収容所だったのだなと。 ソ連国内でも自国民の食料がないので捕虜の扱いは酷いものはず。そして映画では日本側が捕虜交換を拒否して、収容所の所長が「君たちは国に捨てられた」と訓示していた。その後スターリングラード、ノルマンディへ。 その前線基地で、撤退を指示した司令官は自決させられる。 右翼って 後は残った優秀な者に任せる、善悪は別として こんなもんだろう。 橋の下のWTC移転失敗。石原の銀行失敗。 市民に大損させて、責任を取らずに国旗掲揚を言っているのは、保守でも右翼でもなく、「反左翼」ってこと。つまり、ただのバカ。 それはともかく、満州帝国 阿片財政を調べていると面白い本に出会い、そこにノモンハン事変を陸軍航空隊で参加した方の話が出ていた。千代田夏光の『「聖戦」の名のもとに』ですがこの本は、いろいろな方が日本兵として戦争で苦しんだ回顧録です。その中で天草四郎の名で書かれている方は、本当に戸籍がないのです。 (引用) 戦時中の日本では俘虜になると、親兄弟までもが非国民になってしまい、そして戦後、軍人恩給は天皇の命令に従い戦場にいた者は、その期間の1年を3年にするのだが、俘虜は天皇の命令に従わず俘虜になったからその期間の恩給は支給しない法律であった。 天草四郎氏は陸軍航空隊でノモンハン事変に参戦、当時の航空兵の教育は「やられても最後まで諦めるな、生きて帰れ、一人の戦闘員搭乗員を作るのに厖大な国費がかかってる」と教えられていた。 そして、やられたら、草原に不時着せよ見方機が必ず着地し救援にあたると言われた。 武運つたなくやられてしまい、ソ連の俘虜になり、「最後まで諦めるな、生きて帰れ」がここに到った規範であると。そして捕虜交換ですが、日本側の交渉委員は「皇軍将兵に俘虜なし」と嘯(うそぶ)いているとウイルカの捕虜収容所で聞かされたそうです。そして捕虜交換。野戦憲兵により、将校搭乗員と下士官搭乗員とに分けられ、将校搭乗員は札蘭屯(じゃらんとん)陸軍病院で拳銃を与えられ自決させられた。 その後、天草四郎は法務官に「お前は7月29日戦死したことになっておる。戦死公報も出され、天皇陛下に上奏のうえ靖国神社に祀られている」と言われた。 つまり靖国に祀られているということは、天皇陛下の股肱(ここう)していまさら自分は生きていますなど口に出しててはならぬことだ。 この捕虜交換では多くの地上部隊の兵隊たちは、引渡しを拒み、ソ連にとどまる道を選んだ。 天草四郎は、中国戦線を生きた「英霊」として軍籍のまま転戦し、死ぬのを覚悟して空戦に志願した「名誉の戦死」を願ったのだが、出撃すればするほど腕が上がり撃墜されることはなかった。 戦後はニューギニアで向かえたそうで、当時、戦死した兄の嫁が、弟の嫁になったりの話があり、生きて帰ると家族の生活が狂ったりする話しがあったので、自分は死んだ者として、親兄弟とも縁を断ち、戸籍もないそうです。 そして、靖国神社については「送還を拒んだ俘虜も祀られ、一度祀られると本人や遺族が "おろしてくれ"と言っても"おろさ"ないそうです」と著者の千田氏に話したそうです。 (引用終わり) ![]() heibay の父もニューギニアで戦死公報に載り、墓まで立てたが生きて戻ってきている。 靖国に名前があるのか確認してみよう。
北新地のいつものスナックに行ってきた。 出ていた話題が、ハワイの別荘、淡路島の別荘、八ヶ岳の別荘(東京の方) 海外マラソン、 韓国旅行。 といった話。 公務員の給料が高いなどの下らない話がないのはホットします。 内田樹氏のブログで (引用) 元日のNHKテレビで「日本のジレンマ」という番組をやっていましたね。30-40代の若手知識人を集めた円卓会議のようなもので、格差の問題、そして、この質問にあったように「世代間対立」のことが論じられていました。 (略) 平川君もこの番組を見ていて、僕と同じように、途中でうんざりして消してしまったそうです。「金の話しか、してないからじゃないかな」というのが二人の合意点でした。格差の問題、年金の問題は今は「世代間における社会的資源の分配の不公平」という枠組みで論じられています。 (略) 平川君と僕が違和感を覚えたのは、そこで話されていることの「コンテンツ」に論理的な不整合があるとか、データが間違っているとかいう理由からではありません。 「なんで、そんな話ばかりするの?」という「話題占有率」の異常な髙さが僕たちの違和感の所以でした。 というのは、どこまで記憶をたどっても、僕たちは若い頃に年金について熱く論じたことなんかなかったからです。 (引用終わり) heibayなんかからすると、厚生年金は完全に破綻していると思っています。 それでも、政府は国民年金は何とか守ろうとすると思いますが。 2013年から支払う人口より受け取る人口が増えます。 現在ある積立金は110兆円 それに対して現在の年金制度で約束された年金の支払金額は670兆円。 ( 河野太郎氏ブログ 2012/1/9 ) 河野太郎氏は積立不足分を一気に払うことはないので 不足分は相続税で頂き、足らない分をとりあえず年金国債でまかない、不足分を一つの世代に集中しないようにと提案されている。 まぁ、国会議員の意見ですね。 もう年金は破綻している、地域コミュニティーでお年寄りを守る方法はないか?など選挙対策上言えませんせんからね。 もし年金国債が実現するなら、財務省が何らかの意図をもって、もういいや、いくらでも国債発行するぜ!! あとはおれは知らんぜよ、と世界中のソブリン債・デフォルトに呼応したときかな。 そもそも国債をデフォルトにするには「財政調整」を経なければなりません。「財政調整とは無駄をなくし有り金をすべてはたいてだすこと」 つまり公的企業の民営化や不動産売却なので準備はしているようですが。。。 ところで、藤原直哉氏は、米国でも連邦政府は信じれない、もう市場原理主義でなく、地域コミュニティーでボチボチやろうかという雰囲気が出てきているそうです。 欧州は市場経済の付けを米国に回して債権債務を相殺したいのではないだろうか? 金返すと言いながら米国系の銀行が潰れるのを待っている。つまり米中共倒れを待ち、マネーでない産業の体力を温存しよう言うことではないか。市場原理の自滅を逆手にとって次を作ろうとしている。 日本も市場原理が難しい(すべてを市場に任せばうまくいくは、単なる破壊でしかなかった) 戦後の日本は、みんなのことを良く考えて中核を大企業、官僚、が決め、硬直化、腐敗を防止するため周辺部に市場原理を取り入れた。 今は中核部分がない。将来は人間関係、人のネットワークが経済の中心になるのではないか。 硬直した経済と完全慈雨う市場経済の中庸を行くのではないだろうか? 今のように、本来ある姿が市場原理で国家の規制は悪であるとはならない。 コミュニティーが中心の社会に動き、市場原理が自滅した。 市場を越えて人と話が出来る、良さが試される人間力の時代が着たのではないだろうか。( 藤原直哉のインターネット放送局 2012/1/18 「市場原理の自滅」こちらからダウンロード ) だから本来向かうべきところは地域コミュニティーをどうすかなんですが、ずっと水戸黄門のように地域を廻って折られた平松前市長が落選し、市場原理主義の橋の下です。 なにしろ大阪市長は「削減・削減・競争・カジノ」 ですから、heibay からしたら時代のずれも はなはだしいです。 公式ページ 映画 『無言歌』 ![]() (引用 公式ページ) 何もないゴビ砂漠に収容所のセットを建てるという中国インディペンデント映画の枠を越えたスケール。 (略) 生存者の一人は出演もしている。「近年の中国から登場した、最も尊敬すべき映画」(ファイナンシャル・タイムズ)と讃えられながら、現在もなお中国本土での上映は禁じられている本作。(引用終わり) 中国で上映禁止って言うことで、良い映画なんだろうと観てきました。 この映画により、文化大革命前に「反右派闘争」があったことを始めて知りました。 時代的には丁度「大躍進計画」の失政で、食料が一般市民にも行き渡らないなか、政治犯に食べるものが来るわけでなく、縄文時代の竪穴式住居のようなところで、寒さと餓死とにさらされ、次々に静寂の中で死んでいく政治犯を描く。 そこへ夫の死を知らずに女性がきたのだが。。。。heibay も健康のために月に一度ぐらいは断食をするが、1日でもお腹がすいてかなわない。 映画では寒さをも表現している。 ただ、映画では狂った人間出てこなかった? 精神病とは、感情により心が傷がつき、生命を優先させるために、感情をなくしてしまうのだが、そもそも生命が維持できない状態なので、感情はなくなってしまうのだろうか? とも考えてしまった。 ただし砂漠の広さは映画では無理なのかな~。 外国に行って汽車の窓から地平線を見れば、砂漠でなくても、大地の広さを感じる。 内容はともかく、印象には残る映画でした。 ただ、言論で党を批判したことによって、餓死が待っている収容所へ送らる社会を為政者は失政により作ってしまったこと。 これは、中華人民共和国の汚点であることには変わりがない。 パンフレットに載っていた歴史背景を貼り付けておく。 『反右派闘争とは』 1949年、中国共産党は、国民党との内戦に勝利し中華人民共和国を建国。 毛沢東が国家主席に就任。 53年に共産主義のリーダーであったスターリンが死去したことにより、56年2月、ソ連共産党大会でフルチョフによる「スターリン批」判が行われる。この動きによって毛沢東の「社会主義改造」に反対する々の動きは強まり、56年秋には中国共産党の規約から「毛沢東思想」の言葉が削除され、個人崇拝が非難された。さらにその年の10月から、非スターリン化の潮流のなか「ハンガリー動乱」が勃発。 一連の流れを察した毛沢東は、より開かれた政治環境を奨励する「百花斉放・百家争鳴」と呼ばれる運動に乗り出した。言論の自由を保障し様々な意見が発表されることによって経済発展を促す科学者や知識人の支援を得ようという考えの一方で、毛沢東の真の狙いは右派分子や反革命分子といった少数派をあぶりだし、また人々の不満を取り除くことによってハンガリーの二の舞を演じないためだったとも言われる。 やがて毛の思惑を超え、党支配の正当性にまで及ぶ批判が続出。そして57年6月、毛沢東は人民日報に「右派分子が社会主義を攻撃している」という社説を掲載させ、これら批判者を党の崩壊をもくろむ「悪質分子」と非難。一転して方針を変更した。ここから一気に、それまで党を批判した人々を容赦なく粛清する「反右派闘争」が始まった。 55万人と言われる右派分子とされた人々が収容された再教育収容所では、ちょうど58年から61年にかけての「大躍進政策」の失敗および大飢饉の時期と重なったため、多くの死者を出した。78年以降、多くの「右派」の名誉回復を行ったが、いまだ名誉回復されない者も多い。 『大躍進政策と大飢饉』 1957年(昭和32年)、毛沢東は当時工業大国と言われていたイギリスを「15年以内に追い越す」と宣言。 58年~61年にかけて農工業の大増産と政策として「大躍進政策」という運動を導入した。 人民公社という集団化が行われ、私有地や重機類、家畜などあらゆるものを共同所有化。 人々は共同食堂で食事を取り、一部の公社では貨幣さえも廃止されたという。 しかし共産主義への架橋とされたそれらの政策は同時に現状を無視した強引なノルマを人々に課し、かえって農業や工業を荒廃させることになり、大失敗に終わった。それによって天災でなく「人災」であったとも言われる。 大飢饉を招き、この時期における総死者数は4500万人にものぼると推計され、その規模は、ポル・ポト、アドルフ・ヒトラー、ヨシフ・スターリンが引き起こした大惨劇を越えると言われる。 飢饉の際、食料が底をつくと人々は代用食を探した。砕いたトウモロコシの穂軸や茎。 大豆かすを穀類にまぜて食したり、雑草やきのこ類、根っこ、おが屑や樹皮まで食べ、ついには泥土まで口にするようになった。 ごく一部とはいえ人肉を食べた者もいたという。 これら実際については、これまで国によって秘密とされてきた。 しかし近年新たな法が制定されたことで、当時の公安部が集めた報告書や党委員会が収集した大量の機密報告書が開示だされ、真の姿が明きらかになりつつある。これらの証拠や証言は、この未曾有の悲劇の根底に圧制、恐怖、組織暴力があったことを実証している。 監督・脚本:ドゥニ・ヴィルヌーヴ映画 『灼熱の魂』 公式サイト ギリシャ神話 『オイディプス王』 テーバイの王オイディプスは国に災いをもたらした先王殺人の犯人を追及するが、それが実は自分であり、更に産みの母と交わって子を儲けていたことを知るに至って自ら目を潰し、王位を退くまでを描く。 この物語を中東版にアレンジ。 舞台はレバノンのようである。 現在もイスラエルは、カザ地区で、イスラム教とキリスト教で憎しみあっているが、その憎しみや 終わりのない暴力を映画で表現しても観客はついてこない。 それをミステリー仕立てにして観客を引き込む手法は、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のしてやったりの部分があるのではないだろうか? 映画の中で、母親であるナワル・マルワンは、家庭教師として政敵を暗殺に成功するのだが、その代償は大きい。 そのような人間に対して、組織は、その子供まで、困ったときに援助できる体勢があり、それは米国内にもあると映画では言っていたが、今の世界、このような宗教的つながりで動いていてもおかしくはないと思ってしまいました。
米国が日本海軍首脳を洗脳したのは、米国の最終目的が中国の権益確保 そのために、米海軍の増強を議会に通す必要があり、 艦船が石炭から石油に代わった日本海軍は、石油欲しさに罠に嵌ってしまいました。 つまり国益より省益ということを仮定として検証します。 明治37年(1904)ポーツマス条約 日本 小村寿太郎 米国 セオドア・ルーズヴェルト大統領 (フランクリン・ルーズヴェルトの親戚) (仮条約) 日本 桂太郎 米国 鉄道王 エドワード・ヘンリー・ハリマン (参考)ハリマン、南満洲鉄道共同経営提案 1905年 米国が講和に熱心だったのは、満州鉄道の権益 米国のアジア進出と親戚フランクリンの母の実家デラノ一族が満州でアヘン権益を持っていたので満州鉄道の共同運営をハリマンは提案し日本と仮条約を結んだが、日本は断った。 フランクリンの父は、ハドソン鉄道のオーナー ジェームズ。 このあたりが、日米戦争の発端になっているのでしょう。 大正6年(1917)国連に米国加盟 連合国5大国 日英仏米伊 大正10年(1921)4カ国条約 米英仏日 日英同盟は「発展的解消」 1929-33 F・ルーズベルトニューヨーク州知事 昭和6年(1931)1931 9月18日 満州事変 昭和7年(1932)1月28日 上海事変 陸戦隊上陸(海軍) 1933年 米国 3月4日 F・ルーズベルト大統領誕生(ロクフェラーの傀儡?) 米国 6月16日 全国産業復興法 1934年 米国 海軍拡張法 (W・アヴェレル・ハリマン政界入り) 昭和11年 12月1日 山本五十六海軍次官 ~昭和14年8月29日 昭和12年(1937) 2月2日 米内光政海軍大臣 ~昭和14年8月29日 7月7日 盧溝橋事件(陸軍:大陸で、やりたくない北から南への転換) 8月13日 第2次上海事変(海軍) 8月15日 南京爆撃(海軍) 12月12日 パネー号事件(海軍) 1938年 米国 5月 第2次海軍拡張法 昭和14(1939)年2月 海南島上陸 7月 日米通商航海条約破棄通告 ![]() 米国: 短期的目的:海軍の増強 日本: 石油欲しさの海軍省益 米国は議会の承認を得るためには、日本海軍を利用(輸入石油の対米依存率80%) 日本海軍は国益より省益のため、石油を買うため、海軍は米国のあやつり人形であった。 米国は、日本の中国侵略を利用して、海軍増強を議会で通していきました。 まず、昭和7年の時代背景を見ると、米国の太平洋艦隊の増強が必要でありました。 (引用開始) 1、(1932年 昭和7年)当時の日本海軍は、「米国アジア艦隊は巡洋艦1隻を除き到底海戦に堪えることのできない劣勢艦の集まりである」と観察しており、司令官のテイラー大将の非戦方針もこのためであると考えられた。 (引用:広島大学平和研究センター IPSHU研究報告シリーズ 研究報告No.33 以下 IPSHU文とします。第2部 ハルによる極東政策の展開とアメリカ海軍の役割 第2章 p186) (引用開始) 2、(1933年 連邦準備制度理事会の発足) このように、ロックフェラーは事実上ニューヨークを、アメリカを制覇したのである。そしてこのことは、アメリカを第2次世界大戦 へ巻き込む準備したことを意味することになるのである。 (引用:『日銀 円の王権』p161) (引用開始) 「第一次海軍拡張法(Vinson-Trammel Act of 1934)は、条約海軍の建艦概念を使っていた。この法案の前に海軍拡張の前段階がある。ルーズヴェルト政権が誕生した後、1933年6月16日、全国産業復興法(National Industrial Recovery Act)が成立するが、その日に海軍建造費として2億3800万ドルを全国産業復興資金から建艦費に移し変えるのである。」(引用:IPSHU文 第2部第3章p197) http://home.hiroshima-u.ac.jp/heiwa/Pub/33/Part2-2.pdf 3、日本海軍の体質が、国益より省益、しかも石油の対米依存度80% 海軍の体質を表す文章として (引用開始) 「いや、大体日本の海軍というところは昔から癖が一つあるのですよ。原則論をやらせれば実に物分りがいいのです。世界の大勢にも明るく、勉強もしっかりして紳士です。ところが一旦具体的な海軍の利害に関して来ると、これはまた極端に海軍本位になってしまうのです。-もっともこれは海軍の中国勤務の将校だけの話かも知れませんがね。-たとえば、汪先生の和平政府など出来なくても、それが海軍のためにプラスにならなければ、和平政府など出来なくても、こっちの知ったこっちゃないという現金なところがあるのです」 (引用:『揚子江は今も流れている』p276) (引用開始) 昭和16年10月7日 陸軍省の武藤章軍務局長は「海軍が戦争に勝てない」と言ってくれれば、陸軍内部の強硬派を抑えるとして、内閣書記官長(現官房長官)を通じて斡旋を試みたが、海軍からは「近衛首相に一任」以外の言葉は出てこなかった。「戦争が出来ない海軍に予算、鉄鋼、石油は必要ない」と言われるのを恐れたのである。 (引用:Essey 岩間敏 『戦争と石油』p56) 昭和14年 日本の海外に対する石油依存度が92%(うち米国が80%) (引用:Essey 岩間敏 『戦争と石油』p49) 以上のことから、海軍はロックフェラーの言いなりと考えられます。それなので、第1次上海事変における 第3艦隊の陸戦隊上陸は、米国にとって第一次海軍拡張法の議会通過ができたと思います。 また、第3艦隊 司令長官 野村吉三郎中将が、1914-1917 米国日本大使館付武官のとき、前年より、連邦準備制度の発足で、ロックフェラーがNY金融を制覇し、F・ルーズベルト海軍次官(1913-1920)、ロックフェラーとの関係は、十分持てたと思われます。 山本五十六は、1919-1921 F・ルーズベルトの母校ハーバードへ留学 (野村吉三郎は、真珠湾の時、遅れて宣戦布告した駐米日本大使。この功績により受勲) 昭和12年7月7日の盧溝橋事件が宣戦布告なき開戦後 8月15日 南京爆撃が始まり海軍が米内、山本五十六体制になってから南転、陸軍は対ソ連線の可能性があったので北に睨みを利かしたかったはず、もちろん爆撃は、石油欲しさで米国の言いなりの米内・山本・井上によるものと考えます。 また長谷川第三艦隊司令長官は第三国人と市民に避難することを勧告する宣言を発表する。事実上の南京無差別爆撃の通告に等しいものです。 パナイ号事件( Panay incident パネー号事件 )(引用) ハルは日本側の無差別南京爆撃による、中国在留アメリカ市民の生命、財産、権利と中国の日本占領地域での米国企業に対する侵害に対して抗議を繰り返していた。なるほど、海軍拡張は順調に進み、中国に対する同情がアメリカ国民の中に醸成されているかに見えた。しかし海軍拡張についても、このことで国民が太平洋で強制外交を支持していたわけではなく、より強力な海軍の存在によって、将来アメリカが戦争に巻き込まれる可能性が少なくなると考えていたからにすぎない。このため、ハルは国民世論の変換を促す機会があるまでは、ルーズヴェルトの海軍中心主義を前面に引き出すのは慎重であったし、日本に対する強硬策を控えていた。 (引用終わり:IPSHU文 第2部第3章 p211) 南京爆撃でも、まだ米国民にとって、日本はどうでも良いことで、海軍の増強予算は議会で通りつらいと考えられます。そこで、911やルシタニア号のようなやらせが必要となりました。 (引用) 1937年12月12日、日本海軍機が南京北部の揚子江にいたアジア艦隊所属のパネー号を撃沈し、さらに近くのスタンダード石油のタンカー3隻を爆撃した。アメリカ軍艦は、はっきりとその標識をつけており、生存者に機関銃を向けた日本人の行為は、故意による攻撃を示すもので、3人のアメリカ人の生命が失われた。新聞の見出しは日本の行為をアメリカ人家庭に伝え、映画館ではパネー号に乗艦していた報道写真家がとらえた日本海軍機が攻撃する記録映画を見せてアメリカ人の反日感情を煽った。 (引用終わり:IPSHU文 第2部第3章 p213) 海軍機の誤爆となっているが、そこに偶然にもプロの記者カメラマンが乗船。 スタンダード石油のタンカーの誤爆付とは出来すぎ。 「1937年秋冬コレクション」 http://latemhk.tdiary.net/20061212.html#p01 (引用開始:p217) パネー号事件関連記事が新聞から消えないうちに、日本の南京侵入、アメリカ財産の侵害、アメリカ居留民の虐待をめぐる抗議が引き続き起され、日本の戦争への動きを見れば、中国におけるアメリカ人やヨーロッパ人の権利に対する配慮等はなく戦域がどんどん進められ、日本がアメリカの地位を危うくしていることがアメリカ人の前に明白になっていく。 (中略) 3 枢軸国を仮想敵国とした第二次海軍拡張法成立へのハルの積極的貢献 (1) 無条約海軍時代の建艦計画に関するハルの認識 39年度の海軍支出予算法案(Navy Department Appropriation Bill for1939)を1938年1月25日に可決した。これには1934年、第1次海軍拡張計画に従った戦艦2隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦8隻、潜水艦6隻の建造が含まれていた。その1週間後に、ルーズヴェルトは再軍備に関する特別教書を発表し、承認したばかりの建造量の20%増加を訴えた。この要請には戦艦2隻、巡洋艦2隻が追加されていたのである。それに加えて、「エッセクス」級空母建造計画を含む69隻、総計40万トンの艦隊増強、航空機3000機を目指す第2次海軍拡張法(Naval Expansion Act of 1938)が1938年5月17日に成立した。 (引用終わり:IPSHU文 第2部第3章 p218) (引用) 1937年に宣戦布告なき日中戦争が始まった、中国にあるアメリカ人の生命、資産の被害にたいして、ハルは抗議をくりかえすばかりであった。ルーズヴェルトの「隔離宣言」も国民の猛反対を受け、「ルードロー法案」が準備されるに至った。この窮地を救ったのは、1937年12月12日に起こったパネー号事件であった。ハルは、これを世論喚起と議会対策の最大のチャンスと捉えていた。日本がアメリカの地位を危うくしていることが、アメリカ人の眼前に明白になっていった (引用終わり:IPSHU文 第2部第3章 p233) そして、昭和14年(1939)2月10日 大本営は、海軍側よりの要望により海南島に台湾の混成旅団を派遣して占領させた。ついに海南島上陸です。 (引用) 「明らかに戦争を太平洋まで拡大しようとする危険極まりない決意のもとに行われているのである。」 (『揚子江は今も流れている』p117)ということで、誰がどう考えても、海南島の地政学的な位置からして、米英仏への実質的な宣戦布告です。 そして、軍縮条約のない海軍は増大して、益々石油が必要になっています。米国からの命令とあれば納得がいきます。 そして、米国が戦争準備が整いつつあり、また米国民に納得いかせることが海南島攻略でできました。 1939年 昭和14年7月28日 日米通商航海条約破棄通告をしてきました。石油を頼っていた海軍は、はしごを外された形になってしまいました。 ここで仮説として、 もし対米戦に勝つのなら、戦争を我慢すること。 そうすれば、米国の経済は実は日本への輸出でもっていたのが、対日禁輸措置でどん底に落ちていたのでしたからね。 トラトラトラは、米国を助けました。 また、ナチス・ドイツから潜水艦の運用について、補給航路の遮断が効果的と教わっているはずですが、帝国海軍が潜水艦による補給路遮断をしませんでした。 りっぱな潜水艦を持っていても、空母ワスプを沈めて喜んでいる使い方ですから。 『国際金融同盟 ナチスとアメリカ企業の陰謀』には、 スタンダード石油は、真珠湾後も、西インド諸島から、スペインへ、ナチの石油を輸出し、英国などの臨検のため、米政府が許可書を発行していたとありました。 また、メキシコから日本へも石油を運んでいたのですが、 こちらも、石油欲しさに、米国の補給部隊を攻撃しない裏取引があったとしか考えられません。 特に航空用燃料の精製技術が劣り、高オクタン価の燃料が日本は作れないと岩間氏の文p49 にありました。四式戦や紫電改のエンジンは、当初から100オクタン価で設計されたものですから、ひょっとすると真珠湾後まで、航空用燃料をロックフェラーに頼っていた可能性すら考えてしまいます。 あくまでも推測ですが。 結論として、『国際金融同盟 ナチスとアメリカ企業の陰謀』には、世界恐慌は戦争でしか乗り切れないと、金融家が考えていたとあります。 日本海軍が石油欲しさ と 米国の軍備拡張のため、第1次上海事変を野村吉三郎に起こさせ、もちろん英国を追い出すことも、そして、米内・山本・井上が米国世論に火をつけるため、日中戦争で残虐な行為をして、米国の言われるままに海南島を占領したとすると、話が通ります。 2011/11/29 イランの英国大使館が学生に襲撃されました。これをイランから英国を追い出す米国の手段としたら、70年前と同じことをしているわけです。 参考文献 広島大学平和研究センター IPSHU研究報告シリーズ 研究報告No.33 現代世界経済秩序の形成とアメリカ海軍の役割 ―世界史の全体構図からみた「太平洋戦争」の歴史的意味とその教訓― http://home.hiroshima-u.ac.jp/heiwa/Pub/33/contents.htm 第2部ハルによる極東政策の展開とアメリカ海軍の役割 第2章 http://home.hiroshima-u.ac.jp/heiwa/Pub/33/Par2-1.pdf 第3章海軍整備の根拠とハルの極東政策の「岐路」 http://home.hiroshima-u.ac.jp/heiwa/Pub/33/Part2-2.pdf 特別寄稿 『戦争と石油(1)~太平洋戦争編~』 岩間敏 http://oilgas-info.jogmec.go.jp/pdf/0/652/200601_045a.pdf 『揚子江は今も流れている』 犬養建 『日銀 円の王権』 吉田祐二 『国際金融同盟―ナチスとアメリカ大企業の陰謀』 チャールズ・ハイアム 京都市交響楽団が子供たちにもオケに魅力を持ってもらおうとやっている ”オーケストラ・ディスカバリー2011「オーケストラの世界!」” ヨーロッパの演奏会スケジュールを見ていると たまにサイレント映画があります。 映画の中で見でしか見たことはありませんが、昔のイタリアの小さな町の映画館では、この音の部分をピアノでやっていました。 それが今回はフル・オーケストラで。 なんと贅沢な。 映画の前に解説(プレトーク)があり、まずは音と映像に対する話から。 ・人間にとって音というのは、飽きてくるもの。お風呂に入った時は熱いが、段々慣れてくるのと同じ。 ・わざと反対の出して効果を上げたりする。例えば人が落ち込んだ時に、落語の音 や 野球場の歓声。 テレビと映画では音は全く違う。 ・テレビはCMや家族の会話があるので、音をいっぱいにする。 ・映画は 暗いなか集中するので、音を効果的に使う。 また、チャップリンの映画については、 ・現代の映画は感覚訴えているが、チャップリンは感情に訴える表現。 ・現代の笑いは人を小馬鹿にしている、それに比べチャップリンの映画は、上品な笑いだと。 また、演奏前、指揮者からピストルの音はピストルを鳴らしますので、びっくりしないように、画像でピストルが出てきたなら、もうすぐ鳴るなと構えておいてくださいって。 映画ではピストル音だけでなく、パトカーが来るときはサイレンの音も。 会場はオーケストラ・デスカバリーということで小学生もいっぱい。 チャップリンは大人の映画だと思っていてたら、あの動きは小学生にも笑いが取れるのだなと改めてチャップリンの偉大さを確認できました。 あと、フル・オーケストラでの映画だからでしょうか、映画の印象がはっきり焼き付いています。 同じ映画でももう一度見てみたいものです。12/23には呉でやったようなので、出張公演もやってそうです。 料金は指定席¥2500.- と自由席¥2000.- 18歳以下は¥1500.- と¥1000.- 。 heibay は人々に文化を広めることが、しいては、その町の格付けとなり、企業価値となっていくと思います。 その結果か? 京都には観光客がやってきてバカほど高い湯豆腐をありがたく食べ、企業はホクホク。お客さんも京都で湯豆腐を食べたことを自慢して満足。 それに比べ大阪は”橋の下”が文化は無駄だと企業価値を落とすカジノに一直線ですから。 ゴングも生の音 チャップリン 『街の灯』 あらすじ Wikipedia 京都新聞 五感のチカラ 齊藤一郎 「ライブシネマ『街の灯』」2006年8月20日掲載 ![]() 今年からバブルの前兆? (投資は自己責任で) 日銀は金融緩和を世界一やっています。 (← ココ ) そして、復興事業、首都高など大きな公共工事が小泉内閣以来の再開です。(なので小渕内閣は偉かった) いくら日銀が緩和しても、市中銀行は貸出先がありませでした。 それが公共工事で売り上げが見込める企業が続出。 当然のごとく市中銀行から 金が一般社会に流れると予想します。 また大阪の百貨店でも絵画が売れ始めています。 ![]() 由来は、「塩がまの 浦の松風霞むなり 八十島かけて春のたつらむ」 (源頼朝) 質素な お節料理 ですが、このくらいあれば十分です。 野菜の「炊き合わせ」は、日ごろ作れないので、お正月の楽しみです。 日本酒持ち寄り会で呑ませていただいた現代の名工 南部杜氏 藤尾氏の「あさ開(あさびらき)」が、近所のスーパーにあったので、新年を祝う日本酒にしました。 ![]() (関連)金融緩和とシカゴ・ボーイズ 【 2011-12-07 】 まず、写真です。 将軍様の遺体の周りの赤い花。 キリスト教では、この世の死は天国での誕生日。だから、赤い花。でぇ~半島でキリスト教? 統一教会の匂いがプンプン。 韓国のキリスト教の発展は、米軍統治時代にキリスト教の信者になれば、教会で食料がもらえるからと、何かに書かれていた記憶がある。 昔、出回った精巧な偽ドル札。ドイツがあの札を刷れる印刷機を北朝鮮に売った事はなくCIA製だとリークして以来 姿を消しましたが、 CIA→ KCIA → 統一教会 → 将軍様 とつながってしまいましたね。 zakzak 2011/12/26 『北朝鮮に権力闘争の予兆…“後継者”金正恩の破滅シナリオ』の原田武夫氏の文には、 (引用) 「先週、イラクでは米軍の完全撤退によりオバマ大統領が戦争の終結を宣言した。これは米国が再び戦闘可能になったことを示す。今の米国にイラクと北を相手にした二正面作戦は困難だったが、北朝鮮に注力できるようになった。米国との対峙を避けるため、北の体制移行はすべからく絶妙だったとみている。今後はマカオの正男氏がファンドマネジメントで稼ぐ資金を糧としながら、経済の安定を目指す正恩氏の体制が続くだろう」 (引用終わり) また、原田武夫氏ご自身の見解をビデオで、 将軍様は東南アジアの金持ちのファンドマネージャーであり、金融でのビッグ・プレイヤーだと。(以前の解説では、北朝鮮が軍事行動を起すと株が下がる、つまり株価をコントロールして儲けることが出来る)。 需要喚起のための戦争。イラク撤退した米国がいつ東アジアに来るか分からない。 北朝鮮は変わりましたと米国へのアピール。 もしシリアが戦争になると仲のよい北朝鮮へ火の粉。 つまり壮大な院制。 また 金融でのビッグ・プレイヤーローマ法王も、この時期病気。 世界の動きを外から見ないと的確な判断を下せないと判断。 今後、体制返還で普通の国になるだろう。 日本が頼るのは韓国、なので日韓会談で韓国は強気。 日本に今後必要なのは、対北朝鮮や対韓国でなく対半島ポリシー。 半島は一体。 朝鮮半島政策が仕切れる政治家がリーダーになるだろう。 日本は豊臣秀吉など半島とは関係が深い。 北朝鮮も新しい形にするため金成日が亡くなった形にした可能性が高い。 中東で戦争が起きたとき東アジアにお金が入ってくる。その果実を取ろうとする韓国・北朝鮮。 中国は朝鮮族の少数民族問題を抱えているので勢いづいて欲しくない。 ロシアはAPECなので北朝鮮を使おうとする。 日本も利権にあやかろうとする。 マネーにおける国際政治の中心舞台に東アジアがなろうとしているので、先代の社長(将軍様)は退いた。そして何事もなかったかのように米朝が国交正常化が始まる。 日本はその動きに追いつけるか?その感覚をもったリーダーが選ばれるのか?が、焦点になってくる。 (以上 ビデオ終わり) 大阪は朝鮮半島ビジネス最前線なのに、大阪都などアホなことをやっているので、遅れに遅れるでしょうね。 平松前市長がやろうとしていたガスタービン発電所も中止。 電力不足どないすんねん!! 新市長は「削減、削減、カジノ」だけで全く成長戦略のない市長ですからね。 (関連) カテゴリ:皇室の歴史 http://heibay.exblog.jp/i25/
twitterでは「冷温停止状態(日本政府と東電による造語)と冷温停止は違うんだよね。事故収束というセレモニーに過ぎないという佐藤暁元GE原発技術者の言葉どおり、世界から嘲笑の声が聞こえる。」ということです。 ところで、ヨーロッパを震撼させたチェルノブイの爆発は、やはり規模が大きかったことが分かります。 右下は秋田はイタリアのナポリあたりの緯度なので、同縮尺の東北地図です。 ![]() ![]() なんと、heibayは1986年の夏 (チェルノブイリが3月に爆発)赤が濃いスイスやオーストリアに行っていたのした。 3月に出国した方と話しましたが、ドイツでは、列車の車窓から牛乳を捨てているのが見えて、もったいない生産調整でもしているのか と思っていたそうです。 ところでスイスの天気予報で福島からの放射線の漏れが分かる画像を紹介されていました。 http://www.meteocentrale.ch/ja/weather/weather-extra/weather-in-japan.html ![]()
映画『1911』 公式ページ 音が出ます。http://1911-movie.jp/ 孫文を扱った映画で中国の広報映画みたいな感じでした。 ![]() 映画で気になったのは、最後の場面で、辛亥革命後、清王朝一族に月400万ディナールの白銀の年金を与えると孫文が決定した場面でした。 つまり、当時の中国は、「銀本位制」。 映画では扱われませんでしたが、孫文の革命軍が「金本位制」の手先としたら、辛亥革命もロス茶により仕組まれたとしたら納得。 何しろ、革命には金が要る。 だから大きな金融が着かないと無理なんです。 太平洋戦争で、魚雷が一発20万円、当時はまぁまぁの家一軒5000円の時代。 現代 機関銃の弾一発 7.62mm(308Win)は、100円ぐらい。 12.7mm(50BMG)は3~5ドル。 だから、マクドのハンバーガーや牛丼が飛んでいるのと同じ。 ところで、江戸時代、経済の中心は大坂。こちらは「銀本位制」。そして、清も「銀本位制」。 だから、"Bank" を訳すと「銀行」になってしまいました。当時、世界の覇権国は英国。 英国はGoldを産出する南ア、カナダ、オーストラリアを植民地として支配。 なので、「金本位制」が都合がいいわけ。 つまり、明治維新とは、「銀本位制」から、いち早く 「金本位制」 を受け入て、国家百年の計を一金融屋のロス茶に委ねた恥ずかしい歴史。 その後、台湾(明治28年)、朝鮮(明治43年)、満州(昭和6年)と日本が支配するってのは、ロス茶「金本位制」のを広げることと同じだったのですね。 ところが、あまりにも英国が横暴なので、日英同盟は大正12年に破棄させます。 そして、昭和5年の金解禁あたりからシカゴ・ボーイズが表に出てきて、海軍が起こした昭和7年の上海事変その後、日中戦争で山本五十六が行った、南京空襲。海軍とシカゴ・ボーイズの共同作戦にしか見えません。 特に海軍にとって、艦艇が動力が油をになったことで、いち早く米国の手下になったのは自然です。 そして、蒋介石が孫文の後継者としたら、ロス茶くさいので、シカゴ・ボーイが立てたのが毛沢東だったのかなと思ってしまいます。 そして、日本軍にロス茶のサスーンを追い出したとすれば納得。 こう見てみると、明治維新と台湾、朝鮮、満州と1911年「辛亥革命」は、ロス茶の「金本位制」の歴史。 その後、日中戦争、日本海軍、毛沢東がシカゴ・ボーイズの歴史。 とどのつまり、アジアの歴史が 「銀本位制」 から 「金本位制」 そして 「石油」 に移っていったことなんでしょう。 (関連) 盧溝橋事件から 【2010-05-24 】 海軍と検察 【2010-01-15 】
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